銀次郎です

銀次郎は残念ながら’98年5月30日に天国に旅立ってしまいました。

白い手袋や靴下、たくましい手足、肉球はピンク
長くてふさふさした大きなしっぽ最高に素敵な猫でした.
ペットロスでずいぶん参いりました

猫との本当の幸せは毎日の何気ない生活の中にあるものです!


銀次郎 (’97年5月25日〜’98年5月30日)


毎日の暮らしの中で、あたり前の銀次郎との生活・・・
その中の思い出が、今でも胸が熱くなって次から次にあふれ出てきます。
小さいのにその運命をしっかりと受け止めていた銀次郎!
今でも銀次郎は自分の中で元気に遊んでいます

猫は苦痛をむやみに訴えない!死に伴う苦しみにじっとひとりで耐える!
そして死の運命の訪れを待つ・・・

銀次郎が病気になった時に書いた一部です
病名は、猫伝染性腹膜炎(FIP)ドライタイプ
1998年の5月16日に調子が悪いのに気がつきました。

とりとめの無い文章”生きているということ”

5月22日(金)
自分は猫が大好きで、他のネコキチの人達と同じ様に我が家の哲平と銀次郎は
一緒に暮らすかけがえのない存在で、特別の思い入れと自慢の子供でした。
今のネコ達は室内飼いでは10年から15年長生きすると思っていたんだよね
いつかは別れる時が来るとは覚悟していましたが・・・
哲平も銀次郎も室内飼いで一度も自由に外に出してはいませんでしたから、
そんな病気になるとは信じられませんでした。なんでなんだ!と 、
また もっとなんで早く体調不良に気が付いてやれなかったのか
との後悔と元気な時の銀次郎との思い出が次々と頭の中を巡っています。
自分は今の銀次郎の病気をまだ認めたくないというか、なんでお前がそんな
病気にならなければいけないのか。とか後悔や駄目だった時の事ばかりで
このまま痩せていって苦しんで死ぬのかとか、苦しんでる銀に声を掛けるのも
以前の様には決して戻れないのに精一杯生きようとしている”早く良くなろうな!”
”元気になって前の様に哲平と遊んでよ!”そうならないのがわかっているのに・・・
気持ちの整理というか、やっと耐えている現状ですが、目の前で生きる為に
頑張っている銀次郎を見ると、今をどうするかどう最善を尽くしてあげれるのか
気持ちを切り替えやらなければ・・・そのほうが自分も楽なんだけど・・・
しかし自分の弱さやショックを受けたことがなんと多かったことか
病院で病名の説明を受けた時と、最後は家族と告げられた時の気持ち、そして
連れ帰り、ほとんど死を意識していた前で銀次郎が力をふりしぼり食べようとした時
今日”銀次郎”と声を掛けたとき、小さな声ではじめて返事をした事、これからも
少しずつ出来ないことが増えるだろうが私を見る目がしっかりとしている事。
『動物の世界には安楽死というものはない!精一杯生きて、力が尽きれば黙って死ぬ。
見ている人間がつらい、というのは、人間の感傷』
しかし、少し前まで元気でイタズラしていた銀次郎が今、目の前で・・・
明日は銀次郎のはじめての誕生日!我が家はふだんはいつもドライフードでも
誕生日にはネコの缶詰で誕生会だとカレンダーにもケーキの印を付けていたのに・・・

とりとめの無い文章”死ぬということ”

5月25日(月)今日は銀次郎の1歳の誕生日です。
この病気の進行はとても早くて目に見えて痩せているようです。
黄疸がひどく、ピンクでかわいかった足のパット(肉球)も今は
白くなってしまいました。昨日は食事をしようとしていたが今朝は
もう、水だけとなってしまいました。でもトイレはちゃんと決まった
場所にまだ力を出して行こうとします。薬もミルクも嫌がるようになった!
得意の両足を揃えて座ることはできなくなって寝そべる事が多くなった。
どこで、銀次郎に無理に与えているものを中止するか・・・
苦痛になる事をやめて水だけで見ているのが良いのか・・・
一分でも一秒でもと思うが・・延命治療とはなんだろう(どこなんだろう)
今までに体験した死は、突然に訪れて来たものだったので、
今回のような事はとてもキツイ!

★★★ たたかい ★★★


5月30日(土)
最後まで病気と戦って
9時38分に息をひきとりました・・・
本当にカワイイまた立派な猫でした

本当の幸せは普通の生活の中にある事や、たかが猫と思う人がいる中で
自分の痛みや悲しさをわかってくれる人達もいる・・・
いろんな事を教えてくれて銀次郎は去っていきました

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